孤独を楽しみ、自分らしく生きるためにできること

更新日:

 

blowoff_04

人はどうしてか群れたがるのかな・・・と感じるようになりました。人との関わりは切っても切り離せないものですが、子供達もグループを作っては群れるし、近所の主婦も群れるし、職場でも派閥のようなものを作っては群れます。

大勢でいるとなんとなく仲間意識が芽生えるような気がするでしょうし、時には意気投合して気の合う親友ができることもあります。しかし、そんな群れの中にいると、どうしても価値観の合わない人もいるもので、集団で協調性を求められ合わせなければならないシーンも多々あり、人間関係に疲れてくるものです。

疲れるならそんな群れの中に入らなければいいのに・・。ところが、一人になる事を嫌ったり、一人では孤独に感じられてしまう・・。グループ(群れ)の中にいれば楽しい雰囲気(のようにみえるだけ?かもしれないけれど)なのに、一人になれば孤独。周囲の目も気になる・・・。という方も多いものです。

1人でいるとお友達がいないと思われたくない・・・なんて幼稚な発想を抱いている大人も多いものです。なんとなく群れ(グループ)から抜け出せないという方は、孤独を楽しむ、一人の時間を過ごすことを知らないだけです、きっとね。

そんな方のために、孤独を楽しみ、自分の人生である大切な時間を、自分らしく生きる方法についてまとめました。

 

孤独というイメージを変えてしまう

孤独というと、ひとりぼっち、友達がいないというイメージを持ってしまうと思います。一人で暗い部屋に籠っている・・・みたいな感じですね。そういうイメージも確かにありますが、自分から望む孤独は全然別ものではないでしょうか。

孤独という事は、他人に左右されることも無いですし、他人とのトラブルもありませんから、自由であり平和です。ひたすら自由人でいる事が可能です。もちろん、職場や学校では協調性を求められるやるべきことも存在すると思います。しかし、やるべきことさえしていれば、それ以外の時間は一人のほうがメリハリがあるというものです。

そして、自分の好きな事に集中できますから存分に楽しみ、満足できる時間を過ごす事が出来ます。幸福そのものではないでしょうか。このように孤独という状況も、ポジティブなキーワードで埋め尽くしてしまう事ができます。考え方ひとつですし、一味違う価値観で生きることができれば、孤独というイメージも変えることができます。

 

孤独でいることが怖い?孤独は気楽だという事に気づくべき

1年生になったら、友達100人できるかな♪という歌があるように、世間一般では友達が多い方が魅力のある人間であり、優れているという評価を得ているような気がしてしまいます。

小学生になったら、お友達を沢山作らなければ!という誤った目標を抱いてしまいかねない歌だな・・とも思うのです。実際に子どもが小学校に入学してから友達が〇人できた!と話すシーンがありますが、そんなに話したことも無さそうなのにクラス全員を一気にお友達にしてしまいます。

こんなにお友達ができました・・よっと。というわけです。で、実際にそのたくさんのお友達の中で、揉めたり、意地悪されたり、意気投合したり、ケンカしたり、仲直りをしたりという経験を積むわけですが、これは子供に限ったことではありません。

オトナも友達だ!なんて思って群れの中で過ごしていれば、子供と同じような事が起こります。揉めたり、妬んで意地悪されたり、意気投合したり、気が合わなくて疎遠になったり、交流が再開したり・・・です。

何回も会った事がないし、それほど話をした事も無いのに必要以上に距離を縮めれば、あらゆる事に翻弄されてしまいます。1人なら、そんな事とは無縁であり気楽である・・・という事に気づきましょう。

 

孤独、1人は人に依存しなくて済む!

学校教育の場では集団生活を学ぶことになります。周囲と協調しながら活動をする事も求められ、さらに助け合いの精神が根付いていきます。出来る子は出来ない子を助けるというものです。

もちろん、人と人との関わりでは必要になる場面もありますが、人を助ける、人に助けられるという事に依存してはいけないと思うのです。人は弱いもので困ったことがあり、出来ないことがあれば助けてほしいという気持ちが生まれます。

そんな時に、自然と手を差し伸べることが出来る人でありたいものですね。しかし、手を差し伸べてもらう事を常に望むことは、周囲への依存になってしまいます。周囲へ勝手に期待する人が多いものです。

本来ならば、一つの群れの中にいても価値観はそれぞれに異なり、考えている事はみな違うのに、自分の期待に応えてくれないと不満に思ったり相手に対して簡単に不信感を抱くものです。

そういった些細な事で、人間関係がぎくしゃくしてしまう事が多いですね。これは、子供でもある話で、〇の遊びをしたかったのに◎ちゃんは一緒にしてくれない・・・みたいな感じです。

孤独(一人)でいれば、周囲に手を差し伸べる機会も減りますが、周囲に期待する事も無いので依存する機会も圧倒的に減ります。助けて欲しい時どうしたらいいのか?と言ったら、合理的に考えてしまえばお金を払えば大概の事は解決してしまいます。これだけ便利な世の中で、あらゆるサービスが浸透しています。

周囲に依存して助けを求めても答えてくれるとは限りませんし、気を使ったり、お礼を準備したりと自由やお金を奪われてしまいそうです。人への貸し借りが生まれるとしがらみが増え、人間関係に縛られてしまいます。

孤独に慣れ、一人の時間大切にする事は自由度を確保できます・・・、体も心も自由にする事ができそうですよ。

 

行動を共にする癖がある限り、孤独にはなれない

自分がやりたい!と思っている事に対して、一人で行動するのはとても勇気が必要です。それが未経験の事であったり、詳しい情報を持ち合わせていなければ尚更です。そこで、一人で行動する不安感から誰かを誘って行動を共にしようと働きかける人は多いのではないでしょうか。

学生がトイレに行くのも一緒・・・という経験があると思います。こんな感覚は大人になってもあるものですね。休日が同じ友人や家が近いママ友、など生活シーンに共通点があると、予定も合いやすいなど自然と受け入れている事も多いものです。

本当に興味があるわけでもない、自分がやりたい事でもない。誘われたがために受け入れてばかりいると、貴重な時間を浪費してしまう可能性もあります。

社会人になったら、一定の距離を保ちつつお付き合いしていきたいところですが、メールやSNSの浸透によって人と人が距離を縮めやすくなってしまいました。

どうでもいい頼まれごとをされる機会が増えてしまいました。メール1通によってしなくてもいい、時間を浪費する交流が生まれてしまったりして。

このような環境にいる限りは、自分が周囲を巻き込んでしがらみを生んでしまいます。いつでも誘われる、いつでも誘える状況は孤独を楽しむ事から遠ざかってしまいます。アドレスを交換する機会は減らすべきですね。

 

本当の信頼できる人とのつながりだけを大切にする

人生で本当に信頼できる友人がどれだけみつけることができるでしょうか。自分が今生きてきた中で、この人なら話しても大丈夫・・・と思える人は1,2名程度いれば上等ではないでしょうか。

そんな信頼できる友人はいない・・・という人もいるかもしれません。それが恥ずかしい事でもないですよ、きっと。長いい人生では、ライフスタイルは変化し続けています。高校、大学、就職、転職、引っ越し、結婚、出産、子育てなど人生の節目で出会いと別れを繰り返していますし、その都度交流する人も、頻度も変化してます。

小学生からの友人と30歳、40歳になっても変わらず頻繁に交流がある・・・という事はほぼ無いのではないでしょうか。もちろん、心の友であり続けるものだと思いますが、いつでも趣味、余暇を楽しむ仲間で、困りごとは相談して・・・と言う関係を持続しにくいはずです。

年齢と共に価値観も変化します。自然と交流が無くなってしまうというのは自然な事でもありますね。生活環境の変化などで入れ替わりがある人達というのは、質の高い交流は期待できないものではないでしょうか。

気を使わない間柄になれるかどうか?ではないでしょうか。我がままを言うと嫌われるかな・・・こんな事をお願いしたら、ダメかな?と迷う必要がない関係が本当の信頼関係ではないかな?と思うのです。

そうなるまでには、もちろん簡単な事ではないですね。実際に我がまま言ったら避けられた・・という事も起こりますし、お願い事をしたら拒否られてしまったなんてことも十分起こります。

そうなったら、それまでの関係に過ぎない・・・と思えば、スッキリしますし孤独でいながら、一人の時間を楽しみながら信頼できる人を探し続ければいいのですよ、きっとね。

 

トラブルメーカーみたいな人に翻弄されないで孤独を充実させる

世の中には様々な人がいるもので、初対面からおかしい人だな・・・。など違和感を感じる事があると思います。初対面で感じた直観は対外当たる事が多いものです。また、初対面では感じなくても付き合いが進むにつれて、本音を話す機会が増え、その本音に対して違和感を感じることもあります。

トラブルメーカーと呼ばれる人は、ちょっとしたシーンで違和感を感じるものです。トラブルメーカーと呼ばれる人でも、本人はそうなりたいわけではないですし、自覚している事もありません。

人との付き合いが深まるにつれて、理不尽さや、その人のスジの通ってない物事などに触れる機会があると思います。そんな時におかしいな・・・と感じたときには、一方的に縁を切る、距離を置くという判断をするくらいの気持ちでいる方が、精神的には楽です。

たとえそのような判断をする事になり孤独になったとしても、人生という時間をトラブルメーカーに翻弄されなくて済むのですから充実度は雲泥の差です。

ある意味、いい人にならずに冷徹さ、ドライさを持ち合わせている事が人間関係においてスキをつくらないために必要かもしれません。

 

孤独はわがままでいられる時間、とことんわがままでいて

人との関わりで協調性を求められますが、人との関わりそのものが無い孤独な状況は、とことんわがままでいられる時間です。協調するという事は、相手に合わせる、空気を読んで察して行動しなければならず、自分の意志ややりたい事とは真逆にあります。

自分が思っている、あるがままに行動して、自分が思っているあるがままに発言をする。という事をせずに、自分を出さずにいる人もいますが、自分の人生でそんな日々を過ごしているのは勿体ないですね。

自分の人生の主役は自分です。1人で生まれ、1人で死んでいくものなのですから、その過程で一人でわがままに過ごす事はものすごく特別でもないはずで、そういう時間がないと人は息苦しいと思うのです。

孤独の時間が得られるならば、十分にわがままでいたいですね。周囲の目が気になりますか?気にする必要ないですよね。本当の信頼関係があるわけでもない、薄っぺらい仲間意識を持っている人達が、腐れ縁やら知り合いやらのつながりだけで様々なシーンで拘束されてしまうのは、人生の時間のムダになるかもしれません。

みんな一緒でなければならないのは、学校生活だけです。社会人になってまで、みんな一緒!なかよし!なんて思っているのは、成熟した大人とは言えません。

みんなと一緒でいない、人と違う行動をするのを否定するのは、好きな事を好きなだけ没頭して打ち込む権利を奪う行為だと思うのです。

 

最後に・・・

人と協調して生きることに対して、否定しているような文章になってしまいました。協調する事が悪いわけではないのですが、人に合わせたり、人の目を気にしたり、人に期待したり、人に裏切られたりと、関わる人が増えるほど翻弄されて自分を見失ってしまうものだと思うのです。

実際にあらゆる人に翻弄されてしまう人は、とても心の弱い人間だとも思います。読んでいるあなたはいい大人ですか?いい大人になったら、孤独を楽しんでいるほうが夢や希望も生まれるのではないでしょうか。

孤独を充実させることができたら、夢も持てる?!

将来 の 夢 が ない?大人も夢を語って夢を叶える行動術

 

-人と心

Copyright© My mind home , 2020 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.