子供 の しつけどうしたらいいの?親がやるべきこととは?

更新日:

4c17178e0cefb81a8b07baa95f14ff2a_s

物事の善悪、やってよい事、やって悪い事を理解して生まれてくる子供はいません。子どもは物事の善悪もまったく分からない白紙の状態で生まれてきます。これを教えるのは親の仕事でしょう。

子どもに伝えるだけ、知識として詰め込むだけでは「しつけ」ができたとは言えません。子供自身が理解して、自ら行動できるようにならなければならないものです。

子どもが「知っている」と「できる」では全く別物であるということです。しつけは「できる」状態になってはじめてしつけがされていると言えます。

大人になり物事の善悪の区別がない人はほぼいませんが、この区別ができないでいれば社会では非常識な人というレッテルを貼られてしまいます。また、大人でさえも理解できていても行動が伴っていないという事は、よくあることではありませんか?

大人でさえも理解だけで「知っている」に留まってしまうのですから、子供にしつけをするという事は気長に見守ることが大切であり、教え続け子供の心、体に刻み込まなければならないのだと思います。

教えを伝える、刻み込むという作業は、常に同じことを繰り返さなければなりませんし、その日、その時の気分で変わってもいけないのです。とても忍耐力、根気のいる作業になりそうですね。

 

しつけは厳しさも必要

子どもをしつけるときに、やはり厳しさも必要でしょう。子供の機嫌伺ったり、子供が可哀そうだとその都度加減をしてしまえば、子供のために積み重ねていい続けてきたことも身につかなくなってしまいます。

また、親の愛情がある事は基本中の基本です。子供の事を大切に思わない親なんていません。厳しい親でも愛情があるからこそです。そして、6歳までの幼児の躾は過剰にする必要が無い・・・という声もありますが、それには疑問がありますね。

確かに大人でさえ厳しく注意を受ければ気持ちは落ち込みますから、子供も厳しく怒られたりしたら苦痛に感じる事でしょう。しかし、甘やかされてみたり、厳しくされたりと根拠のないしつけを繰り返す方が可哀そうではありませんか?

自宅ではさんざん甘やかされた子が、学校や社会の厳しさに初めて触れることになってしまうわけです。親以外の大人に注意されてばかりいたら、自己肯定感が失われてしまいそうです。

もちろん子供それぞれの性格もあると思うので、すぐにできる子、なかなかできない子がいると思います。すぐにできるならば1回言えば済みますが、性格が頑固だったりすると2回、3回言ってもやろうとしない子もいます。

しかし、言い続けることが何よりも大切です。

 

6歳になっても乱暴な事をする子供を見て、躾られていると感じるか?

実際に親が躾をしていないな…と感じるのは、年齢に見合った行動をしていない時ではないですか?6歳までの躾を過剰にする必要はない・・・と鵜呑みにしてしまうと大変危険な気がします。

6歳、小学1年生になっても乱暴に手が出たりする子がいます。そんな子をみて「親の顔が見てみたい」と発する方も少なくありません。そのように言う理由は、やっぱりしつけられていないと感じるからですし、親はどんな親なんだ!となってしまうものなのです。

子どもは親の後ろ姿を見て育つとも言われています。親が言い続けてきた言葉ももちろんですが、その言葉を親が体現できていなければならないのです。親の行い、姿勢が最も大切な事です。

子どもと接するときにやさしく接している、やさしい言葉をかけていれば、自然とお友達や先生にもやさしく接することができるでしょう。親の後ろ姿とは、建て前や見栄を張った外の顔ではなく、目の前にある親の生き様そのものを子供はみつめています。

「教育」「子育て」というキーワードによって、幼稚園での幼児教育から始まり、学校での公教育や習い事などにばかり目を向けてしまいがちです。しかし、教育そのものは「親」の問題でもあるという事が言えそうです。

ですから、仕事で忙しいからと投げやりになってはいけないのですね。どれだけ真剣に子供と向き合う事ができているのか?が大切ですね。

 

きちんと子供に躾をされているな・・と感じる瞬間

お友達が遊びに来たときに靴をきちんと揃えられる、大人に対してきちんと敬語が使える・・・などを見るととてもしつけられているな・・・と感じます。

後は、あいさつでしょうか。ありがとう、ごめんなさいが言える事も重要ですね。挨拶の場合は恥ずかしがり屋な子も多いのでなかなかできる子はいません。

そんな中しっかりとあいさつができると躾がいいんだなぁ・・と。ちょっと乱暴な事をしているな・・と思っても、最後に挨拶がしっかりできると見方も変わりますね。おやつを食べるとき、食事をするときなどのマナーも重要かもしれません。

 

親として言った事は、子供の前で自分も徹底しなければならない

世の中の親はみな完璧ではありません。子どもが生まれた瞬間に親になりますが、親という立場になって初めて模索しながら育児をスタートさせます。子育ての体験話を耳にしても、誰にでも通用するわけではありません。

子どもの性格によって兄弟でも同じ手法、手段が通用しないこともほとんどです。そこで、自分の子供にしつけるために言い続けてきたことを、親も自ら実践して手本にならなければなりません。

お行儀よく挨拶をしなさいと言ったなら、普段の立ち振る舞いも姿勢よくしなければならないでしょうし、苦手な人に会ったときでも愛想よく挨拶をしなければなりません。

テレビやゲームなどは目に悪いのだから・・と禁止したのなら、自らもスマホやワイドショーをみるのを自制しなければならないのです。もしも、ここで子どもも目線で親ができていないと判断したら、親に対しての反抗心も芽生えてしまうでしょう。

子どもはしっかりと大人をみているのです。

 

子は親の後ろ姿を見て育つ

子供に「しつけ」をし、子供に身につけていく過程では、親がかける言葉の重みもありますが、親の言葉よりも親の姿勢です。親の行動そのものを子供はよく見ています。

もちろん大切なこと、伝えておかなければならないことは、言葉によって言い続けていくことは大切で、それによって子供も理解を深めて身につけていくことになります。

言葉によって「こうありなさい!」と理想を伝え、親の行動によって現実を伝えるのです。ガミガミ言われる理想論よりも、目の前で起こる親の行動の方が大きな影響力があることは言うまでもありません。

優しい気持ちや心で子供と接していれば、自然と子供も優しい、思いやりのある子どもに育つことでしょう。建て前、見栄などで厚化粧をしている姿などは子供にとっては何の意味もありません。現実、目の前にいる親の生き様を見られているものです。

必然的に子供との接触が多い母親の背中を見る機会が多いですから、子供も母親の背中を見つめることが多いことになります。「教育」は親の問題であることが理解できます。

どのように子供を育てていくのか?ということは、親自身がどのように生きていくのか?という事が問われているのではないでしょうか。ですから、子供に対しての子育ては二の次にしてはいけないことですし、常に向き合っていかなければならいものですね。

 

完璧な親でなければならない?

親が教育に最も関わりがあるとして、親が完璧でなければならない・・・そのように思ってしまいますが、完璧な親など有り得ません。親になるタイミングは誰もが違い、子供が生まれた瞬間から初めて親になることができるからです。

ですから、親になった瞬間から「親」であるために「親」になるために、子供と一緒に育っていくしかありません。親自身も育つ努力をしなければ、子供は育ちません。

そして、子供一人、二人と育てた経験が、3人、4人目の子供に生かされるというものでもありませんし、子育てはマニュアルがあればできるものではありません。一人、一人の個性や性格によって子育ても迷い、失敗をしながら試行錯誤の連続です。

してはいけないことを伝えるときに、言葉以上に親が行動で示して実践しなければならないのです。この親自身が自らの行動で示さなければならないことで、教育の難しさを感じるものです。

 

子育ては「心」を育てる

子育ては栄養のある食事を与えて体を大きく育てる事ももちろんですが、「心」を育てていくことでもあります。親の仕事は責任も重く、人生で最大のひと仕事ではありますが、経験して得られる喜びはとても素晴らしいものです。

子育てに関わり続けて、子育てのことばかりが人生のすべてにしたらつまらない・・・などと極端な考えを持ち、趣味や仕事にとより一層忙しくして子供と接する時間を減らしてしまう母親も多いものです。

もちろん、生活があっての子育てではありますが、子供へ向ける意識や時間を減らすなどはとんでもないことで、より一層子供とかかわる時間を意識する必要があるかもしれません。生半可な気持ちでいる限り、しつけも教育もできないものだと覚悟をしなければなりません。

ところが、子供は成長とともに自分の意志を持ち、判断力を持って行動できるようになっていきます。そのような年齢に達してもなお、親が子供にベッタリと張り付いて、一つ一つの物事に口出しをしなければ気が済まない親もいます。

子離れができない親・・ですね。

親が思う理想の姿を求めたり、親の都合によって思い通りにしようとする姿です。子離れできない親の典型で、自分の子供だから思い通りに行動するのが当たり前だという感覚があるのでしょうか。

子供にも人格があるものですが、ついつい親はこのような勘違いに陥りそうになったり、陥ってしまうものです。子供は自分のモノではありません。

 

人間が人間を教え導いていくのですから、とても大きな仕事の一つです。欠点が多い、欠点だらけの親であっても「〇〇しなさい。」と子供に対して言うことができるのは、親であるからこその責任を感じているからではないでしょうか。

完璧ではない親であっても、最大の努力を払い、少し先の未来のためによりよい一人の「人間」を育てる事は、親の唯一できる事であり、最大の仕事ですね。

しつけや教育についての一つの答えを導き出せるような方程式は存在しませんが、コツやポイントはあるもので、知っていると知らないでは最終的に大きな差を生むかもしれません。

このような子供を育てるためのコツやポイントは、今も昔も大きな違いはないものですから、先人の知恵から学ぶことが理想かもしれません。

-小学校

Copyright© My mind home , 2019 AllRights Reserved Powered by AFFINGER4.